トマトの学力を伸ばすべく、思考できる人間に育てるべく、日々奔走しているかず。
今こんなに苦労しているのは苦労すべき時期にそれができなかったから。
かずの芯がブレていたから。
全てはかずの責任である。
だが、そんなかずに育てられたツバサの学力は伸びている。
同じ親、同じ環境で育てられたのになぜこれほどの差があるのか。
その理由をずっと考えていた。
もちろん、99%本人の努力であることは言うまでもないが、
なぜ努力できる子に育ったのか。
毎日コツコツ、「勉強しなさい」と言われなくても勉強する子になったのか。
ツバサの幼児期はとにかく生かすことに必死で育児書など読む暇もなかった。
スマホも持っていなかった。
ただただ目の前にいる我が子を生かす。それだけだった。
そんな中でかずは何をしていただろうか、と思い返してみると、
パズルやカードゲーム、ボードゲーム、しりとり、交換日記など賢くなりそうなことをしていた。
だが、同じようにしてもトマトは伸びなかった。なぜか。
生まれ持った素質も少なからずあるとは思うが、パズルなどトマトはすぐに諦めていたように思う。
そこでかずが粘って、簡単なものを成功させる経験をさせていれば違ったかもしれない。
でもそれだけか?他にはないのか?
ずっと考えていたのだが、先週の夫婦ラジオでのお話が腑に落ちた。
ツバサが「何で◯◯って△△なの?」と聞いてきたとき、「う〜ん、何でだろうね?□□だからかなぁ?それとも◎◎だからかなぁ?」
といったような会話を無意識にしていたことを思い出した。
そのような会話を通して思考する力がついたのかもしれない。
その一方で、トマトからの質問は少なかったように思う。
あらゆることに疑問を持ち、自ら質問をすることができない子にはこちらから話題を振るべきだった。
他には、「なぜ勉強しなくてはいけないのか?」を日常的に話していたことを思い出した。
トマトには全く響かなかったが、そこで目を見てしっかり言葉を届ければ伝わったかもしれない。
同じように育ててきたつもりでも、兄と妹で全く違う。
いや、別の人間なのに『同じように育てたつもり』がそもそもの間違いである。
子供によって対応を変えなくてはいけないのに、それができていなかったがためにここまでの差がついたのだろう。
久美先生の「苦労すべきときに苦労しておくと後が楽」というお話は首がもげそうになった。
ツバサに関しては本当に後が楽だった。
トマトはずーっと大変(^_^;)
幼児期にもっと苦労すべきだった。
いや、苦労はしていたが別の苦労だった。
かずの芯がブレていたから癇癪が起き、その対応で疲弊していただけだった。
結局はそこに辿り着く。
親がブレないこと。それが大事。
トマトの伴走は大変だが、それができるのもあと数年。
松江塾という親が伴走できる環境にいられるのだから、トマトと一緒に日々コツコツ積み重ねていくのみ!!\(^o^)/
頑張れかず!!頑張れトマト!!